ECILA RIP

思い出したように何かを書き留める

異世界転生してきた

f:id:ecilavip:20170622012631p:plain 12月は異世界転生してきた。まじで。

序章: プロローグ

 俺の名前はヤマダ。どこにでも居るしがないフリーランスエンジニアだ。と言っても、フリーランスというのは名ばかりで、今の今までいわゆる「案件」は受けたことが無い。前より世話になっている企業と、業務委託契約を交わし、ほぼ正社員として日々働いている。

 しかし、今日は違う。知り合い経由で単発の「ワリの良い」案件が舞い込んできたのが発端だ。会う人会う人が初対面な上、このような「ザ・フリーランス」な働き方はしたことが無かったのが大きいのか、緊張した面持ちで打ち合わせに望む。

「では、その条件で受けましょう。」

 俺がそういうと同時に、打ち合わせ場所であった居酒屋が爆発した。

 俺は、死んだ。

第一章: おいでませ異世界

 目が冷めた。先程まで居たはずのゴミゴミとした居酒屋にいるわけでは無いらしい。ましてや渋谷にいるというわけでも無いようだ。辺りを見渡してみるも、小洒落た建物が並んでいる。ここは、「異世界」みたいだ。俺は――本当に死んでしまったのだろうか。

ここまで書いて、異世界ネタに飽きた。そもそも異世界転生系の小説を読んだことがないので勝手がわからない。と言うわけで茶番はここまでにして、ことの顛末を話していきたい。

闇の仕事

自分が受けた案件は、Javaを使う案件だった。説明されたのは以下の内容だ。三ヶ月の納期のもので、三ヶ月目に差し掛かったが完成に間に合いそうにない、特に画面制御系の処理や、細かいバグ取り、ドキュメント作成が間に合わないのでお任せしたいというものだった。ここだから書くが、13日程度の稼働で48万円の案件だ。これはワリが良い。

慎重に条件を聞き出す。開発環境は?――Winです。エディタはIDEA使えますか?――使えます。自分なりに事前に決めていた見定めラインを聞き出していく。どれも悪くない条件だった。

いざ出社。大学一年のときにやっていた塾講師のバイトぶりにスーツを着た。

オフィスについてみると、第一びっくりが。まず基本的に出入りの自由が無い。でかい会社に出入りしての作業なので、入り口のオフィスキーパーが厳重すぎる。担当者がいない限り、ここの出入りは出来ない。飲み物を買いに行くことも、煙草を吸いに休憩するのも、担当者の送迎が必要だった。もちろん、退社をするのもそうだ。

誰だこれ作ったやつ

いざチームに対面。自分含めて3人だ。小規模なチームの方が慣れているのもあり、これは逆にありがたかった。うちの一人はほぼ初心者で、うちの一人は開発部長であった。

そして、実際のコードに向き合う。Webアプリのようなものを作っていたらしいが、これが酷い。プログラミングを学び始めた大学の後輩の方がマシな設計、マシなコードを書くだろう、みたいなコードであった。MVCなどの思想も一切なく、「こことここ共通化できんじゃね?w」みたいな軽い気持ちで継承が使われており、細かい実装を追うのですら大変だった。Java8で動いているのにも関わらず、書かれているコードはC言語を学んだ大学一年生のような手続き型、そこに少しのオブジェクト指向(しかも間違っている((逆に正しいとは、と問われるともにょるが、少なくともこんな世紀末な設計が正しいオブジェクト指向な訳がない)))が介在している、超絶厄介コードだ。

この時点で、これを設計し実装した奴を殴りたくなった。(眼の前にいたが)

自分の仕事

一通りに目を通したら、次は実務である。エクセルに(エクセルに!?)まとめられたバグリストを見ながら作業を進める。バグ修正が自分の主たる仕事だ、そう聞いていたので当然である。

バグリストに書いている通り、手順を踏んでバグの再現を行っていく。

確かに動かない。

担当ロジックのコードを見てみる。

無い。

IntelliJ IDEA(使えるとは聞いていたが無料版だった。許さねえぞ)の機能を駆使して探す。

無い。

意を決して口を開く「これの機能の実装ってどこでやっていますか?」

「あぁ、これまだ未実装だから、やっておいて」

――この時点で逃げればよかったかもしれない。

地獄の仕事が始まる

なぜ自分がこの作業をしているのか。本当に意味がわからない。

あなたの仕事は流れてくるシュークリームの中にクリームがちゃんと入っているかをチェックする作業です。

わかりました。

では、始めて下さい。

すいません、初っ端からクリーム入ってないです。

なら、クリームから作って入れておいて下さい。

みたいなものだ。(意味はわからない)

このような「業務内容詐欺」紛いはずっと続いた。最終的にできていたコードの(むしろできていなかったのが問題なんだが)半分以上のリプレースを行う羽目になった。それまでのコードはほぼ全て飾りだった。できの悪い飾りだった。

正直、500万くらいよこしてくれれば1ヶ月で0から作り治せるようなレベルのWebアプリだった。他人のゴミコードに手を加えることの大変さを思い知った。

過度なストレスからかグラブルにも復帰してしまった。なんなら最終的にインフルエンザになったし、重度の脱水にも見舞われた。なんなんだよ。

学べること

世のフリーランスエンジニアの生き方は合わないかもしれない。脳を殺してプログラミングが出来る人なら良いかもしれないが、ある程度「美しいもの」を作りたがってしまう人間にとっては、ただただ苦痛な職種であることがわかった。

フォロワー各位にも優秀な若い子たちが多いので、このように書きなぐったが、伝えたいこととしては以下の通りだ。まず一点に、手にエンジニアリングという技術を付けていれば、生きていくのには困らないということ。これはまた別の今年一年の振り返りに書こうと思う。そして次に、そのエンジニアリングをお金にするのは難しいということ。そして最後に、限られた職種の中でも、向き不向きがあるので、結局やってみなきゃわからないこと。

半分恨み節、その残り半分が異世界転生というよくわからない文章になったが、誰かの意思選択の助けになれば幸いだ。